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青森地方裁判所 昭和26年(ワ)423号 判決 1955年6月06日

原告 国の承継人 日本電信電話公社

訴訟代理人 堀内恒雄 外六名

被告 東北産業株式会社 外二名

主文

被告東北産業株式会社は原告に対し金九百弐拾六万九千五百九拾壱円及びこれに対する昭和弐拾六年拾弐月参拾壱日以降完済まで年五分の割合による金員を支払うべし

被告村越市郎、同諸泉正士は連帯して原告に対し金九百弐拾六万九干五百九拾壱円及びこれに対する昭和弐拾六年拾弐月参拾壱日以降完済まで年五分の割合による金員を支払うべし

訴訟費用は被告三名の連帯負担とす。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求原因として

一、被告会社は製材、木工製作、海産物農産物移出入、食糧加工、各種金属の解体、加工、買入販売、海没兵器及び船舶の引揚、自動車修理等を業とし、被告村越市郎、同諸泉正士は昭和二十三年十二月二十三日以降引続きその取締役なるところ、被告村越、同諸泉は共同して被告会社の陸奥湾内における旧軍用水底電線の引揚事業を執行するにあたり昭和二十六年一月十八日から同年四月二十日までの間に何等の権限なきに拘らず檀に電気通信省所管にかゝる国有の左記水底電線を引揚げた。

一、青森市磯野から、〇・九五八海里の地点と青森県下北郡脇野沢から七・二二海里の地点の間約十三海里〇・四三(別紙図面イ点とロ点を結ぶ区間)

一、青森市磯野から二・九三八海里の地点と函館市大森浜から四七・五一九海里の地点の間約十海里五〇六(別紙図面ハ点とニ点を結ぶ区間)

尤も被告会社が陸奥湾内において引揚げた水底電線は屯数にして約一〇四屯三五〇に達し電気通信省所管の前記引揚げられた水底電線は屯数にして約九五屯六九〇であつて被告会社の引揚げたものが約八屯六六〇だけ多いのであるけれども、それは、電気通信省所管の水底電線が青森の磯野と函館の大森浜の間にもと三条布設せられていたのが昭和二十五年頃内二条を一部撤去し一部路線を変更し(その詳細は後に述べる)右撤去に際して引揚未済のままとなつているものが昭和二十七年六月頃まで長さにして十五海里三〇〇、重量にして約七十九屯が脇野沢線及び大森浜線に沿うて又はその附近に在置されていて被告会社が原告主張の前記二区間の水底電線の外に右引揚未済線をも引揚げたためであり、又後にも述べる如く陸奥湾内原別、大間間には旧軍用の水底電線が布設せられたことはないから被告会社の引揚げた水底電線が原告主張のそれよりも多いことは被告会社がこれを引揚げたことの妨げとはならない。

二、右電気通信省所管水底電線の引揚は被告村越、同諸泉が共同して被告会社の取締役としての職務を行うについてなした行為である。即ち、被告村越、同諸泉は被告会社の事業として陸奥湾内から旧軍用水底電線を引揚げその払下を受けて利益を得んことを企て昭和二十五年十一月五日青森財務部に対し桑畑、襟裳崎間の旧軍用水底電線につき調査引揚の承認申請をなし同月二十二日その承認を受け更に同年十二月二十日芦崎、近川間、昭和二十六年一月七日原別沖合、大間間につき右同様の承認申請をなし同月十八日右二区間につきその承認を受けたものであるが右承認申請に当つては被告村越、同諸泉は共同して或いは各自単独で青森財務部と折衝していたものである。而して右引揚事業の執行については被告村越は資金面を、被告諸泉は作業面を担当することに一応職務の分担を定め被告諸泉は昭和二十六年一月十八日から同年四月二十日までの間常に自ら漁船に乗つて海上における引揚作業を指揮監督してきたものであるが被告村越も昭和二十六年一月十八日には被告諸泉とともに第二志宝丸(船長笹原勇蔵)乗船し照丸(船長山本新一)を随えて作業現場に臨み磯野、脇野沢間の水底電線をたぐり上げこれに浮標をつけて引揚の際の目印となして来たものである。又被告村越は引揚事業の作業面について右の外にも(一)自ら引揚作業実施のための漁船傭入に奔走し、(二)引揚場所である東田沢の海岸に赴いて引揚の指揮に当り、(三)昭和二十六年一月二十日頃磯野、脇野沢間の水底電線に故障を生じ同月二十三日頃電気通信省(青森電気通信管理所)から青森財務部新谷信を通じ被告会社に対し引揚作業実施の有無につき間合せをなしたところ作業をしていない旨を被告村越自身答えており、(四)同年二月二十六、七日頃被告村越は新谷信に対し引揚に立合われたい旨申出ており(五)同月末被告村越は新谷信から電気通信省所管水底電線の断片を見本として交付されこれを訴外鹿内忠助を介して被告諸泉に交付し右見本以外の水底電線は電気通信省所管に非ざるを以て引揚げて差支ない旨指示を与え、(六)被告会社は海運局の許可なしに引揚作業をしていたため同年三月六日及び三月十一日青森海上保安部の巡視船から注意を受けるや被告村越は自ら青森海上保安部に出頭して陣弁につとめ更に長男寛三を仙台海運局に派遣して作業の許可を受けしめる等引揚作業に関与しておるばかりでなく被告諸泉は海上で引揚作業を指揮監督するについては常に被告村越と或いは直接に或いは電話その他の方法で緊密な連絡をとりすべて打合せを逐げていたものである。結局被告村越、同諸泉は昭和二十六年一月十八日から同年四月二十日までの全期間を通じ常に共同して本件引揚作業を執行して来たものと言わなければならない。

三、被告村越、同諸泉が前述の如く共同して電気通信省所管の水底電線を引揚げたのは同被告両名の故意又は過失に因るものである。その理由はつぎのとおりである。(一)陸奥湾内における電気通信省所管の水底電線はもと青森市磯野と函館市大森浜の間に三条布設せられていたところ今次大戦の後右三条の内中央の一条を残して他の二条は一部撤去し且つ布設区間を変更して東側の一条は磯野と青森県下北郡脇野沢の間に一条、西側の一条は同県東津軽郡平館と北海道茂辺地の間に二条布設した。而して右の事実は昭和二十五年六月十二日電気通信省告示第百五十号を以て告示されている。又磯野の海岸には水底電線陸揚所の建物及び水底電線の布設を示す標識が建つている。被告諸泉は昭和二十六年一月十六日青森電報局において同局の福地清一郎、滝沢正治から同被告持参の陸奥湾の海図について磯野、脇野沢間及び磯野、大森浜間の水底電線の布設箇所の説明を受け、被告村越も同年二月二十七、八日頃青森財務部において新谷信から磯野、脇野沢間の布設箇所を記載した書面につき右の説明を受けている。又磯野、脇野沢はその区間の水底電線の布設箇所の海上から見通し得る所に在るし磯野大森浜間の水底電線は海図にその布設箇所の記載があつて被告諸泉はその海図を所持して引揚作業をなしていたものである。以上の事実から被告村越、同諸泉は電気通信省所管の磯野、脇野沢間及び磯野、大森浜間の水底電線であることを知つてこれを引揚げたものと言わなければならない。又(二)被告村越、同諸泉が電気通信省所管の水底電線であることを知らないでこれを引揚げたものであるとするならばその認識のなかつたことは被告両名が当然払うべき注意を払わなかつたためで被告両名の過失に因るものである。即ち、先づ第一に原別沖合、大間間には旧軍用水底電線が布設せられたことがないのであつてこのことは原別、大間に旧軍用水底電線の陸揚所があつたか、右両地に旧軍の通信部隊が駐屯したことがあるか等を現地について調査することによつて容易に判明することであり被告村越、同諸泉は右区間の旧軍用、水底電線の調査引揚の承認を申請するにさきだつて以上の事実を調査すべきであつたに拘らずこれをなさず漫然と漁師等の噂噂を基礎にして右申請をなしたものである。被告両名が右の調査をなし旧軍用水底電線のないことが判明すれば調査引揚の承認申請をなすこともなかつた筈であり従つて電気通信省所管の水底電線を引揚げることもなかつた筈である。本件引揚が被告両名の過失に因ること明かである。つぎに被告会社が承認を受けたのは旧軍用と称する九二式及九七式水底電線であるが右二種の水底電線は十五心線乃至三十心線のものであり被告会社が引揚げた電気通信省所管の水底電線一心線乃至四心線とは明らかに区別のつくものである。被告村越、同諸泉は調査引揚の承認を受けた九二式、九七式の水底電線についてはそれがどのようなものであるかにつき十分な調査をなすべきである。この調査を十分になしていれば引揚げた水底電線が旧軍用のものでないこと及び被告の所持している電気通信省所管のものの見本に照し同省所管のものであることは直ちに判明し本件の如き事故を発生せしめないですんだものである。この点にも被告村越、同諸泉の過失がある。更に海上において引揚作業を実施するに当つては作業現場が電気通信省所管の水底電線の布設箇所であるかどうかを確めるため海図について緯度経度の測定をなすべきであり被告村越、同諸泉において自らこれをなす技術を有しないならば技術者を傭入れるなりして位置の測定をする義務あるものである。然るに被告諸泉は右の措置を採らず海図を所持するだけで漫然海上に臨んだため電気通信省所管の水底電線布設箇所で作業をなしこれを引揚げるに至つたものである。而して右の義務違反はひとり被告諸泉のみでなく被告村越の義務違反でもあり右被告両名の過失であると言わなければならない。

四、かくて被告村越、同諸泉は共同不法行為者として連帯して、又被告会社はその代表者がその職務の執行について他人の権利を侵害したものとして、国に対し右引揚によつて生じた損害の賠償をする義務あるものである。而してその損害はつぎのとおりである。

(一)  金四十五万五千円、復旧工事費の内調査費

電気通信省は同省所管の磯野、脇野沢間の現用水底電線が昭和二十六年一月二十日頃不通となつたので同省所属の水底電線布設船千代田丸にその修理を命じ、千代田丸は同年四月八日横浜を出航して同月十一日函館に入港し同月十四日函館を出港して同日青森に入港し直ちに調査を開始した。陸上調査班によつて磯野側から電気測定を行つた結果磯野から大略〇八海里の地点で断線していることを探知したので海上からの調査を行い四月十四日は十七時三十分作業を中止し翌十五日七時から調査を続行し水底電線の切断端末を探りあてついで切断された線の対端の調査にあたつたが見当らず十七時作業を中止し、翌十六日調査を続行し磯野から三海里、五海里、七海里の点を順次探線したが見当らず十七時三十分作業を中止し、翌十七日は天気待、十八日六時青森を出帆し調査を続行し脇野沢から七、二二海里の点で対端を発見し十九時函館に入港した。右の調査によつて盗難による障害であることが判明したが被害区間が長かつたので修理ができずに翌十九日以降調査を打切つたものである。而して千代田丸運航に要する経費は別紙千代田丸、王星丸一日当単金表のとおり航海の場合一日金十九万三千八百十七円八十三銭であり淀泊の場合一日金十五万四十六円十銭である。従つて右の調査に要した日数を航海三日淀泊二日としてその経費は金八十八万一千五百四十四円であるが本訴においてはその内金四十五万五千円を請求する。

(二)  金百七十一万二千円、磯野、脇野沢間水底電線工事費(但し電線代を除く)

電気通信省は千代田丸の調査に基ずき水底電線布設船王星丸を傭船して磯野、脇野沢間の前記障害個所を修理したが王星丸は昭和二十六年五月三十日から同年六月十五日まで十七日間に亘つて修理をなした。同船は五月三十日宮城県鮎川港を出港し六月一日八戸港において天気待、六月二日青森入港、六月三月青森海上保安部、青森水上警察署と打合せを行い六月四日から作業に着手し六月十五日作業を終了した。その間六月五日、八日、九日は天候不良のため作業ができなかつたものである。王星丸運航に要する経費は前記別表のとおり航海の場合一日金十一万三百十六円五十三銭であり淀泊の場合一日金十万八百十五円二十三銭である。従つて修理に要した日数十七日間(航海十二日淀泊五日)の経費は金八十二万七千八百七十三円であるが本訴においては右の内金百七十一万二千円を請求する。

(三)  百十万三千百六十四円、磯野、大森浜間水底電線工事費(但し電線代を除く)

磯野、大森浜間は修理に着手していないが海底線布設船王星丸を使用して修理するものとして少くとも航海十日を要するからその修理費見込額は金百十一万三千百六十四円を下らないから右額を損害として請求する。

(四)  金五百九十九万九千四百二十七円、電線損害額

被告会社が引揚げた電気通信省所管の水底電線は磯野、脇野沢間が四心入中間線六海里七一二、同ゴム中間線二海里七八〇、同軽中間線三海里五五一、磯野、大森浜間が一心入中間線二海里六九一、同探海線七海里八一五でありその中古品としての価格は昭和二十六年一月において四心入中間線、同ゴム中間線、同軽中間線、一心入中間線、同深海線が一海里当それぞれ金四十五万円、金四十一万九千円、金四十三万三千円、金三十万円、金二十六万七千円であり同年四月におけるそれはそれぞれ金四十八万円、金四十四万七千円、金四十六万二千円、金三十二万円、金二十八万四千円であつて引揚げられた水底電線の価額は金八百六十一万六千七百八円(同年一月における価額)を下らないものである。而して電気通信省は引揚げられた水底電線の内四心入中間線三海里二五〇、同軽中間線三海里二〇〇、一心入中間線二海里七〇〇、同深海線五海里八〇〇を青森地方検察庁から仮還付を受けたがその電線は二百二十余に分断されているため整理して再使用のできるものと整理しても再使用のできないものとあり再使用可能のものは四心入中間線が〇海里四九九、同軽中間線が一海里八五八、一心入中間線が〇海里二二一同深海線が三海里九四一でその価額は昭和二十六年一月の価格によると合計金二百十四万七千六百十一円であるがその整理費として金十六万九千八百九円を要し再使用不能のものはこれを解体してスクラツプとすれば解体費を控除して金二十四万九千八百八十九円の価額を有するものとなる。従つて引揚げられた水底電線の損害額は引揚げられた水底電線の総価額金八百六十一万六千七百八円から電気通信省が仮還付を受けて回収した水底電線の価額即ち前記再使用可能のものの価額金二百十四万七千六百十一円から整理費金十六万九千八百九円を控除した金百九十七万七千八百二円と再使用不能のもののスクラツプとしての価額金二十四万九千八百八十九円合計金二百二十二万七千六百九十一円を控除した金六百三十八万九千十七円である。而して本訴においては右の内金五百九十九万九千四百二十七円を請求する。

而して昭和二十七年八月一日日本電信電話公社法が施行せられ同法によつて原告公社が設立せられ従来国が有していた電気通信設備に関する権利義務は原告公社が同法施行のときにこれを承継することとなつた。従つて本件不法行為に基ずく国の損害賠償請求権も原告公社においてこれを承継したものである。よつて原告は被告三名に対し本件不法行為に基ずく損害賠償として右に述べたところの金額及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和二十六年十二月三十一日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」旨陳述し、被告等の過失相殺の抗弁に対し「(一)国(青森財務部)が被告会社に対し陸奥湾内原別沖合、大間間の旧軍用水底電線の調査引揚を承認するに当つては他省所管の水底電線と混淆しないように事前の調査を十分になすことの条件を付しているのであるから調査と引揚の承認を個別になさなかつたことは本件の被害発生について何等国の過失となるものではない。(二)青森電報局の係官が昭和二十六年一月十六日被告諸泉に対し陸奥湾内における電気通信省所管の水底電線について事実と相違する説明をなした旨の被告等の主張はこれを否認する同係官は前記水底電線について昭和二十五年同省告示第百五十号と同一内容の説明をなしたものである。又青森電気通信管理所の係官が被告会社に電気通信省所管の水底電線の見本を交付したことはなく青森財務部の係官新谷信の求めにより同人に同省所管の水底電線の断片を交付したことがあるにすぎないがその交付に当つては水底電線布設箇所の深浅によつて右断片と異なる太さのものの存することを説明している。(三)昭和二十六年二月二十七日には青森財務部の新谷信が被告会社の引揚作業に立会うため指定場所である浅虫に赴いたに拘らず被告会社からは何人も浅虫に来るものがなくそのため同日は新谷信が引揚作業に立合うことができなかつたものである。その後は被告会社から国に対して引揚作業に立合を求めたことはない。その他過失相殺に関する被告等の主張はすべて失当である。」旨陳述し、被告会社の陸奥湾内における旧軍用水底電線引揚の事業は国の事業で被告はこれを代行したものである旨の被告三名の主張に対し「国は被告会社に対し国の所有に属する陸奥湾内の旧軍用水底電線引揚につき被告会社に代理権を授与したり又調査引揚を委託したことはない。たゞ国は被告会社が東北財務局青森財務部に提出した陸奥湾内に存する旧軍用水底電線の売払申請に対しその調査及び引揚を承認したに過ぎない。前記承認によつて被告会社のなす調査引揚の事業が国の事業となる筈はない。仮に右の承認が調査引揚の委託と解せられるとしてもその引揚については海運局の許可を得ること、他庁所管の水底電線と混淆しないよう事前の調査を十分にすることが調査引揚の許可条件とされているのだからその条項に違反して電気通信省所管の水底電線を引揚げたことに対する責任は被告等が負うべきものである。」旨陳述し、立証として甲第一、二号証、同第三号証の一乃至三、同第四、五号証の各一、二、同第六号証、同第七、八号証の各一乃至三、同第九各証の一乃至三十二、同第十乃至二十三号証、同第二十四号証ノ一、二、三、同第二十五乃至三十五号証、同第三十六号証の一、二、同第三十七号証の一乃至五同第三十八乃至四十二号証を提出し、証人土谷宇三四、同山本新一(二回)、笹原勇蔵(検証現場における)、同笹原繁三、同笹原重道、同飯田金次郎、同塚本庸三、同松岡章治(二回)、同福地清一郎、同滝沢正治、同新谷信、同杉山徳治、同石沢英三、同竹内清(二回)、同辻村石男、同川村憲一、同小笠原道彦、同伊藤嘉伸、同千葉勝之助、鑑定証人高見沢淳夫、同小倉普一の各証言及び鑑定人船津重太郎の鑑定の結果並びに水底電線及び海上の各検証の結果を援用し、乙各号証の成立を認めた。

被告等訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として「原告の請求原因中被告会社が原告主張の如き事業目的を有し被告村越、同諸泉が昭和二十三年十二月二十三日以降引続きその取締役であること、被告会社が原告主張の頃陸奥湾内の原告主張の区間につき旧軍用水底電線の調査引揚の承認を得て昭和二十六年二月二十七日から同年四月二十日までの間に水底電線の引揚をなしたこと、被告諸泉が右引揚事業の執行に当つたこと、陸奥湾内には電気通信省所管の水底電線が原告主張の如く布設されていること、被告会社の受けた旧軍用水底電線の調査引揚の承認には原告主張の如き条件がついていたこと、旧軍用水底電線が九二式、九七式であることはいずれもこれを認める。その余はすべてこれを争う。

一、被告会社が陸奥湾内における電気通信省所管の国有水底電線を原告主張の区間においてその主張の海里数を引揚げたとの点はこれを否認する。被告会社が陸奥湾内の旧軍用水底電線の引揚作業を実施するに当つて電気通信省所管の国有水底電線を一部引揚げた事実はこれを認めるけれどもその数量は原告主張の如きものではない。電気通信省所管の磯野、脇野沢間の水底電線が不通となつたのは昭和二十六年一月二十日であり被告会社が引揚作業を開始したのは同年二月二十七日である。尤も被告会社が陸奥湾内において旧軍用水底電線の引揚のための調査を開始したのは同年一月十八日であるけれどもその日は水底電線を発見してこれに引揚の際の目印として浮標を付したにとゞまる而して右の浮標はその後同月二十五日に盗難にかゝつていることを発見している。右の事実より推すときは被告会社が浮標を付した水底電線が電気通信省所管の磯野、脇野沢線であるとするならば被告会社以外の者が同月二十日頃磯野、脇野沢線の水底電線を引揚げたものと思料されるのである。又磯野、大森浜間の水底電線に至つては同線が現用線でなく予備線であるのだから同線の被害はいつ頃から発生していたか不明でありこれを悉く被告会社の引揚げたものとするのは不当であると言わなければならない。即ち原告主張の被害水底電線は被告会社の外にもこれを引揚げたものがあるのである。又被告会社の引揚げた水底電線が悉く電気通信省所管の国有水底電線であるとすることも否認する。何となれば被告会社の引揚げた水底電線は原告主張の電気通信省所管の引揚げられた水底電線よりも数量が多いからである。従つて被告会社の引揚げた水底電線の内一部が電気通信省所管のものであるとしてもそれは原告主張の被害水底電線の一部に過ぎない。

二、被告村越と同諸泉が共同して被告会社の水底電線調査引揚事業を執行したとの点はこれを否認する。右事業を執行したものは被告諸泉のみである。被告村越は右調査引揚のため海上に臨んだことはない。海上に臨んで調査引揚を指揮監督したものは被告諸泉である。

三、被告封越、同諸泉が電気通信省所管の水底電線であることを知つてこれを引揚げたとの点は被告村越については勿論、被告諸泉についてもこれを否認する。被告諸泉が昭和二十六年一月十六日頃青森電報局において係官から陸奥湾内における電気通信省所管の水底電線の布設状態について説明を受けたことはこれを認めるけれども説明の内容は原告主張のものとは異なる。即ち右説明によると陸奥湾内には電気通信省所管の水底電線が磯野、大森浜間に三条布設せられていたものが内中央の一条は大森浜からの分は脇野沢に、青森からの分は平館に陸揚されているとのことであり、磯野、脇野沢間に布設されているもののあることは説明がなかつた。又被告村越が同年二月二十七、八日頃青森財務部において新谷信から磯野、脇野沢間の布設箇所を記載した書面について説明を受けたとの点は否認する。又原別沖合、大間間に旧軍用の水底電線が布設せられたことがないとの点は知らないしそのことが原告主張の如き調査方法によつて容易に判明し且つ被告等にその調査義務ありとの点は否認する電気通信省所管の水底電線と被告会社が調査引揚の承認を受けた旧軍用の水底電線九二式、九七式とは九二式、九七式の構造ついて詳細な調査をなせば混同することがなく且つ被告等に右調査義務ありとの点は否認する。電気通信省所管の一心線、四心線の水底電線が海底において外装が磨滅損耗している場合には九二式、九七式の水底電線と類似し極めて間違い易いものである。

四、引揚げられた電気通信省所管の水底電線について原告の主張する損害額はすべてこれを争う。殊に磯野、脇野沢間の水底電線は早晩引揚げる予定のものでありこれに関する原告主張の損害額は不当である。」旨陳述し、仮定抗弁として「仮に原告主張の如く被告村越、同諸泉が被告会社の取締役として同会社の事業である陸奥湾内の旧軍用水底電線の引揚を執行するについて同被告等の故意又は過失に因り電通省所管の水底電線を引揚げ因つて国に対し原告主張の損害を与えたものとするならば被告等三名はつぎの如く抗弁する。即ち被告等の不法行為については被害者たる国に過失があるから損害賠償の額を定めるについてこれを斟酌すべきである。而して被告三名が主張する国の過失はつぎのとおりである(一)国が被告会社に対し陸奥湾内の旧軍用水底電線の調査引揚を承認するに当つては先ず最初に調査のみを承認し調査の結果旧軍用の水底電線の存在が判朋した後更に引揚の承認をなすべきである。然らずして調査と引揚を同時に承認するならば旧軍用水底電線が存在せざるに拘らずこれありとして他の水底電線を引揚げるに至る虞がある。然るに国は漫然払下までを認める意図の下に一挙に調査と引揚の承認をしたのであるから本件不法行為の発生は正に国の過失に因るものと言わなければならない。(二)青森電報局の係官は昭和二十六年一月十六日被告諸泉に対し陸奥湾内における電気通信省所管の水底電線の布設、状況につき説明するに当つてさきに(原告の請求原因に対する被告等の答弁において)述べた如く事実に相違する説明をなしている。又電気通信省所管の水底電線は一種類でなく数種類存し且つ旧軍用の九二式、九七式と類似するものも存するに拘らず青森電気通信管理所の係官が青森財務部の新谷信を通じて被告会社に提供した見本はたゞ一種類に過ぎないばかりでなくその見本につき何等の説明をしていない。右はいずれも国の公務員たる同人等の職務上の義務違反であり結局本件不法行為発生についての国の過失たるものである。(三)電気通信省所管の磯野、脇野沢間の水底電線は昭和二十六年一月二十日故障を生じ青森財務部においても同月二十三日には右故障発生を知つたのであるから同年二月二十七日被告会社が青森財務部及び青森電気通信管理所の各係官に対し引揚作業に立会うべきことを求めたときには同財務部としては調査引揚の承認をした者の当然の義務として又青森電気通信管理所の係官は電気通信省所管の水底電線の管理の職責を有するものとしてこれに立会うべきに拘らず立会わなかつた。又青森財務部は同年三月二十日被告会社に対し被告会社が東田沢に引揚げていた水底電線を検査の上払下げたのであるが右払下げに当つては右水底電線が旧軍用のものであるか否か、従つて電気通信省所管のものでないかどうかにつき十分の調査をなす(電気通信省の係官の立会を求めることによつて容易にその目的を遂げ得る)べきに拘らずこれにつき何等の調査をもすることなく旧軍のものと速断して被告会社に払下げ、同年三月二十九日青森駅ホームの水底電線の検査の際も右の調査をしなかつた。その結果被告会社においては更に作業を継続するに至つたものである。これ亦国の過失であると言わなければならない。」旨陳述し、なお「被告会社は東北財務局青森財務部に対し国が所有する陸奥湾内の旧軍用水底電線の売払を申請したところ同財務部は売払に先立ち被告会社が右電線を引揚げることを承認した。右は本来国がその所有に属する水底電線を売払のために引揚げるべきところをその作業を自ら為す代りに売払を串請した被告会社に引揚を代理せしめ乃至委託したものである。従つて引揚の主体は国でありその引揚に際しては電気通信省所管の水底電線を引揚げたとすればその責任は国に在る。」旨陳述し、立証として乙第一乃至二十号証、同第二十一号証の一乃至六を提出し、証人福田吉三郎、同荒川兼松、同鹿内忠助、同笹原勇蔵(口頭弁論期日における)、同新谷信の各証言及び被告村越市郎、同諸泉正士の各本人訊問の結果を援用し、甲第六号証の成立を否認する、同第二号証同第二十五号証の成立は知らない、その余の甲各号証の成立はその原本の存在とともにこれを認める旨陳述し、証人山本新一、同笹原勇蔵、同飯田金次郎、同塚本庸三、同松岡章治、同福地清一郎、同滝沢正治、同杉山徳治、同石沢英三、同竹内清の各証言及び甲第十一号証、同第十五乃至十七号証、同第二十号証並びに水底電線の検証の結果を利益に援用した。

理由

被告会社が製材、木工製作、海産物農産物移出入、食糧加工、各種金属の解体、加工、買入及び販売、海没兵器及び船舶の引揚、自動車修理等を業とし、被告村越市郎、同諸泉正士がいずれも昭和二十三年十二月二十三日から引続き被告会社の取締役であること、被告会社が昭和二十六年一月十八日東北財務局青森財務部から陸奥湾内芦崎、近川間及び同湾内原別沖合、大間間の二区間について旧軍用水底電線の調査引揚をなすことの承認を受け同年一月十八日又は同年二月二十七日(原告は前者を被告等は後者を主張しているがこの点の判断はしばらく措く)から同年四月二十日まで右調査引揚の事業を実施したことはいずれも当事者間に争がない。

一、原告は、右調査引揚事業の実施に当つて被告会社が原告主張の電気通信省所管の国有水底電線を原告主張の区間に亘つて引揚げた旨主張し、被告等は原告主張の水底電線の一部を引揚げたことは認めるけれども原告主張の数量を引揚げたことはこれを否認する旨抗争するのでこの点について考察する。成立に争のない甲第二十七号証、成立並びに原本の存在に争のない甲第三号証の一乃至三、同第四、五号証の各一、二、証人塚本庸三、同松岡章治(口頭弁論期日における)の各証言を綜合すれば、陸奥湾内において青森市大字八重田字磯野と青森県下北郡脇野沢村大字脇野沢を結ぶ電気通信省所管にかゝる国有水底電線(現用電話線、以下脇野沢線と略称する)及び同湾内において右磯野と北海道函館市大森浜を結ぶ同省所管にかゝる国有水底電線(予備電信線以下大森浜線と略称する)が昭和二十六年四月二十日当時において略々原告主張の個所を原告主張の海里数に亘つて引揚げられている事実を認定することができる。又右二区間の水底電線の引揚げられた箇所における当裁判所の検証の結果、右検証現場における証人笹原勇蔵、同松岡章治、同山本新一、同福田吉三郎、同飯田金次郎、鑑定証人高見沢淳夫の各証言を綜合すれば、被告会社がさきに説明せる如く陸奥湾内において旧軍用水底電線の調査引揚の作業を行うに当つて前記二区間の電気通信省所管にかゝる国有水底電線の引揚げられた箇所において作業を実施していた事実を認定することができる年又被告会社が本件の調査引揚作業の実施によつて引揚げた水底電線の屯数、及び原告主張の被害水底電線の屯数はともに被告等において明かに争わないのでこれを自白したものと看做す。而して右両者の屯数を比較すると前者が後者よりも大である。即ち被告会社の引揚げたものが原告の主張する被害よりも多いわけである。又成立に争のない甲第十号証、証人土谷宇三四の証言によれば磯野、大森浜間にはもと電気通信省所管の水底電線が三条布設せられていたものを昭和二十五年頃内二条を一部撤去し一部路線を変更したがその撤去に際して引揚未済になつた水底電線が昭和二十七年六月頃まで長さにして十五、三海里重量にして約七十九屯あつてその大部分は脇野沢線及び大森浜線のうち陸奥湾内の部分に沿うて又はその附近に存置されていた事実を認定することができる。又成立に争のない甲第四号証の一、二、証人松岡章治(口頭弁論期日における)の証言により真正なる成立と原本の存在の認められる甲第六号証、及び右証言によれば被告会社の引揚げた水底電線の内青森地方検察庁の押収にかゝるものは同庁から電気通信省所管のものとして同省に仮還付になつた事実を認定することができる。以上の各事実を綜合して考察すれば被告会社はおそくも昭和二十六年二月二十七日から同年四月二十日までの間に陸奥湾内における旧軍用水底電線の調査引揚の作業を実施するに当つて原告主張の区間その主張の海里数に亘つて電気通信省所管の国有水底電線を引揚げた事実を認定することができる。被告等は、脇野沢線については同線が不通となつたのは昭和二十六年一月二十日であり被告会社が最初に引揚作業を実施したのは同年二月二十七日であること、及び被告会社が同年一月十八日脇野沢線とおぼしき場所において水底電線を海面にたぐり上げこれに浮標を附したところ同年一月二十五日に至つて右の浮標が盗難にかゝつているのを発見したことを主張し右の事実から脇野沢に関する限り被告会社以外の者が同月二十日頃同線のケーブルを引揚げていると考えられるから同線の被害をすべて被告会社の引揚作業に帰するのは不当である旨主張し、又大森浜線については同線が現用線でなく予備の電信線であるところから同線の被害がいつ頃から発生していたものか不明であり(現用電話線である脇野沢線については同線が昭和二十六年一月二十日不通になつたことから見て被害の発生は同日以後であることを知ることはできるが大森浜線については右のような事情がない。)これをすべて被告会社の引揚作業に帰するのは同様不当である旨主張する。しかれども被告主張の各事実は前記認定の妨げとはならない。蓋し昭和二十六年一月二十日までには被告会社による引揚作業は行われていないとしても(この点については争がある)同月十八日には脇野沢線の布設箇所において被告会社が水底電線を海上にたぐり上げているのであるから同月二十日の同線の故障は同日何人かゞ同線を切断窃取したことがなくても十八日の作業に因ると考えることが可能であるし同月二十五日に単に浮標の盗難を発見したというのみで水底電線の盗難を発見したとは主張していないのであるから被告の主張事実から前記認定を覆して同月二十日頃被告会社以外の者によつて水底電線が引揚げられたと断ずるわけにはいかない。又大森浜線については原告主張の被害が最初に発生したのはいつであるかを正確に知ることはできないとしても被告会社によつて引揚げられた数量は原告主張の被害数量よりも多いのであるから他に反証なき限り、換言すれば被告会社以外の者による引揚の事実を認めるに足る証拠がない限りさきに説明せる理由により被告会社による引揚の事実を認めるのが相当だからである。而してさきの認定を復すに足る証拠はない。

二、つぎに被告会社の旧軍用水底電線の引揚事業が被告会社の取締役である被告村越、同諸泉の両名によつて執行されたか否かについて考察する。被告諸泉が海上における引揚作業を実施について指揮監督したことについては当事者間に争がない。

被告村越が本件の引揚について被告会社の取締役として職務の執行に当つたか否かについて考察する。そもそも株式会社がその事業として所轄官庁の許可を得て海底に沈んでいる物質の調査引揚を行う場合においてその会社の取締役が右の事業につき職務を執行するというのはその取締役が海上の作業現場において自ら他人を使用し若しくはこれを指揮監督して作業を実施する場合のみならず自らは海上の作業現場に臨まず会社の事務所その他において海上の作業について必要な準備例えば作業を行うべき船の傭船契約や人の雇入又作業について必要な指示例えば引揚げるべき物を作業員に説明するなどの行為、その他作業の実施に必要な資金の調達等をなす場合をも包含するというべきである。勿論作業現場において実地に作業を指揮監督する場合と、作業現場に在らずして前記の如き仕事をなす場合とでは作業現場における他人の権利の侵害について職務執行者としての取締役の責任の内容には自ら差異の存すべきところであるけれども右はその取締役の責任条件たる故意又は過失の内容に差異を生ずるにとゞまり責任の客観的要件ともいうべき職務執行者であるか否かについては両者全く同一であると思料される(現実の問題として作業現場に在らざる取締役は作業現場における他人の権利侵害について責任を有することは稀ではあるかも知れないがその権利侵害が右取締役のたずさわつた仕事の面における過失に基ずくものであるときには不法行為の責任を負わなければならないのである。)然るところ被告村越、同諸泉の各本人訊間の結果によれば、被告会社は被告村越の所謂同族会社で資本の約九割は被告村越の同族によつて占められ重役七人の内五人は被告村越及びその子、娘婿であつて被告村越は被告会社の全事業を主宰していること、本件の旧軍用水底電線の引揚事業については被告村越が資金の調達を、被告諸泉が引揚の作業を訴外一色希平が販売を受持つことに分担を決めたが被告村越は被告会社の主宰者として本件調査引揚事業の全般について指示をなしていること、例えば青森財務部に対して調査引揚の許可申請について陳情を行い、許可を得た後昭和二十六年二月末青森財務部の新谷信から電気通信省所管の水底電線の見本を受取つてこれを訴外鹿内忠助を通じて被告諸泉に交付し右の見本以外のものは電気通信省所管のものでないから引揚げてよい旨を指示し又昭和二十六年三月自らその子寛蔵を仙台に赴かしめて調査引揚作業に関する海運局の許可を得させている等の事実を認定することができる。又証人辻村行男の証言によつて真正に成立したことの認められる甲第三十五号証及び同証人の証言によれば被告会社が本件の調査引揚作業を実施している間に訴外辻村行男が陸奥湾内における旧軍用水底電線の調査引揚の承認申請を青森財務部に提出し被告会社と折衝の結果は被告会社の行う調査引揚に参加して辻村自身の承認申請を取下げることとしたが被告会社と辻村の間の右に関する契約締結には被告村越がその衝に当つている事実を認定することができる。又成立に争のない甲第九号証の一、成立並びに原本の存在に争のない甲第三十三号証、同第三十八号証によれば被告村越は昭和二十六年一月十八日被告諸泉とともに第二志宝丸に乗船して陸奥湾内に臨み海底を捜索して水底電線を発見しこれに浮標を付して後日引揚の際の目印となしてきた事実を認定することができる。右認定に反する被告各本人訊問の結果は措信し難く他に右認定を覆すに足る証拠はない。以上認定の各事実をさきに説明せるところに照し考察するときは被告村越は被告会社の取締役として本件旧軍用水底電線の引揚事業を執行したものと認めるのが相当である。即ち被告村越、同諸泉は被告会社の取締役として共同して被告会社の事業である陸奥湾内における旧軍用水底電線の引揚事業を執行するに当りおそくも昭和二十六年二月二十七日から同年四月二十日頃までの間に電気通信省所管の国有水底電線を原告主張の区間においてその主張の数量を引揚げたものである。

三、よつて更に進んで被告村越、同諸泉が右の如く国有水底電線を引揚げたのは同被告等の故意又は過失に因るものであるか否かにつき考察する。被告諸泉が海上で引揚作業を指揮するに当つて引揚げられる水底電線が電気通信省所管のものであることを知つており、又被告村越が電気通信省所管の水底電線を引揚げることを承知の上で引揚事業を行つていたと認めるに足る証拠はない。

然らば被告村越、同諸泉が電気通信省所管の水底電線であることを知らず、却つて旧軍用のものであると考えて引揚事業を行つていたとしてそれが同被告等の過失、即ち義務違反に基ずく不注意によるものか否かにつき考察する。先づ海上で現実に引揚を指揮監督した被告諸泉について考察する。被告会社が旧軍用水底電線の調査引揚を承認された区間は陸奥湾内の原別沖合と下北郡大間の間でありその附近には電気通信省所管の国有水底電線が布設されており調査引揚の承認には作業に当つて他官庁所管の水底電線と混淆しないよう事前の調査を充分にすることの条件が付せられていたことは当事者間に争がない。果して然らば被告会社において本件水底電線の調査引揚の作業を為すに際つては電気通信省所管の水底電線と紛淆しこれを引揚ぐる危険のあることは充分予測されたところといわなければならない。しからば引揚作業を海上において現実に指揮監督する職務分担を有していた被告諸泉としては右危険を避くるため電気通信省所管の水底電線の布設箇所を海図について、又同省所管の水底電線の種類構造を実物その他について旧軍用のものとの異同を調査し、更に引揚現場においてはその場所が電気通信省所管の布設箇所であるか否かを現場の緯度経度を測定しこれを海図に照し合せることなどの方法によつて確かめ、又引揚げた水底電線をさきに調査せるところに基いて同省所管のものであるかどうかを確める等万全の措置を講ずべき具体的義務を負うているものといわなければならない。然るところ証人新谷信、同福地清一郎、同滝沢正治の各証言及び被告諸泉本人訊問の結果によれば、被告諸泉は昭和二十六年一月、青森財務部が被告会社に本件調査引揚の承認をなす数日前に同財務部の新谷信係長と同道して青森電報局を訪ね同局施設課の福地清一郎から陸奥湾内における電気通信省所管の水底電線の布設箇所を被告諸泉の所持する海図について説明を受け更に同局備付の稲田三之助著電信工学なる書物によつて同省所管の水底電線の種類構造の説明を受けたけれども新谷係長が被告諸泉をもと海軍大尉で旧海軍の水底電線であるキヤプタイヤケーブルについては詳細な知識を有している旨の紹介をなしたため福地清一郎は電気通信省所管の水底電線はキヤプタイヤケーブルではなくこれとは明瞭に違うので電気通信省所管の水底電線の種類構造については前記書籍によつて一応の説明をしたに過ぎなかつたため被告諸泉は同省所管の水底電線の種類構造について正確な知識を得ないまま、引揚作業を行つたこと、又証人石沢英三、同新谷信、同鹿内忠助の各証言及び被告村越、同諸泉各本人訊問の結果並びに水底電線に対する当裁判所の検証の結果によれば、昭和二十六年二月下旬頃青森財務部の新谷信係長が青森電気通信管理所で同所に勤務する石沢英三から電気通信省所管の水底電線の内四心入浅海線の断片を交付されこれを被告諸泉が被告村越、鹿内忠助の手を経て受領し引揚作業の現場に常に所持して引揚げた水底電線と照合していたけれども被告諸泉は電気通信省所管の水底電線について正確な知識を有せず且つキヤプタイヤケーブルについてさえ何等の知識を持たないため前記四心入浅海線の断片を所持しながら電気通信省所管の水底電線を引揚げた事実を認めることができ、又被告諸泉が引揚作業をなすに当つて作業場所が電気通信省所管の水底電線の布設箇所であるか否かにつき位置の測定をするなどしてこれを確かめる処置を採らなかつたことは被告等の明かに争わないところである。而して被告会社が引揚作業をなした場所が電気通信省所管の水底電線の布設箇所であることはさきに説明したとおりである。以上の各事実を綜合して考察すれば、被告諸泉は本件水底電線の調査引揚作業を為すに際り電気通信省所管の水底電線と紛淆する危険を予測しながらこれを避くるため、電気通信省所管の水底電線並びにキヤプタイヤケーブルの種類構造について正確且つ十分な知識を有すべきに拘らずこれを有するための措置を採らず所持する同省所管水底電線の断片を有効に利用し得ず且つ同省所管の水底電線の布設箇所を海図によつて調査をしたけれども作業現場が右布設箇所に該当するか否かにつきこれを確める措置を採ららなかつたためさきに認定せる如く同省所管の水底電線を引揚げるに至つたものと言わなければならない。即ち被告諸泉には本件の引揚について過失あるものである。つぎに被告村越について考察する。被告村越は被告会社の事業の主宰者であり本件の旧軍用水底電線の引揚事業については一応その資金の調達を受持つたけれども右事業の全般に亘つて他の取締役に種々の指示を与えていたことさきに認定せるとおりである。従つて被告村越も前敍の通り被告会社が本件水底電線の調査引揚作業を為すに際り予測された他官庁所管の海底ケーブルとの混淆を避くるため十分の注意を払うべき責務あることは被告諸泉と同断、むしろそれ以上に出づるものというべく具体的には被告諸泉が他官庁のケーブルを引揚げないために採つた措置について同被告の報告を求め同被告において十分な措置を講じていないときには更にその措置を講じさせ、例えば同被告が電気通信省所管の水底電線の種類構造について正確且つ十分なる知識を有しているか否かを確かめ若し有していないならば更にその方面の調査を行わせ、又海上の作業現場の位置測定の方法を講じているか否かを確かめ講じていないときはこれを指示するなどの措置を採る義務を負うているものといわなければならない。然るところ被告村越、同諸泉各本人訊問の結果によれば、被告村越は被告諸泉に対し電気通信省所管の水底電線と間違わないようにとの抽象的な注意を与えていたにとゞまり右に説明せる如き具体的な措置を全く採らず昭和二十六年二月下旬頃青森財務部の新谷信係長から電気通信省所管の水底電線の断片を与えられたときもこれについて自ら十分な調査をしないばかりでなく、被告諸泉にも十分な調査をすることを指示せず却つて被告諸泉に対し右断片以外の水底電線は電気通信省所管のものでないから引揚げてもよいとの指示を与えた事実を認めることができる。以上の各事実を綜合して考察するときは被告村越は被告会社の本件引揚事業の主宰者として本件引揚事業につき引揚の作業を担当している被告諸泉が作業に当つて十分前叙注意義務を履行しているか否かを確かめ適宜適切なる指示を与えるべき義務を有するに拘らず被告諸泉が自己の義務を忠実に履行していないことを看過しそのため同被告に適切なる指示を与えることができずためにさきに説明せる如く同被告の義務違反による本件の電気通信省所管水底電線の引揚が行われたものと認めるのが相当である。即ち被告村越にも右の引揚につき過失あるものといわなければならない。

かくして被告村越、同諸泉は共同不法行為者として連帯して国に対し右の引揚によつて生じた損害を賠償する義務あるものであり、又被告会社も亦その代表者が職務執行について右に説明せる如く国の権利を侵害したのであるからその代表者の外に会社としても国に対し因つて生じた損害を賠償する義務あるものである。

四、よつてその損害額について考察する。成立に争のない甲第二十六号証、同第二十九号証、証人竹内清(二回)、同塚本庸三、同松岡章治、の各証言及び鑑定人船津重太郎の鑑定の結果によれば、電気通信省はその所管の磯野、脇野沢間の現用水底電線(電話線)が昭和二十六年一月二十日頃不通となつたので同省所属の水底電線布設船干代田丸にその修理を命じ千代田丸は同年四月八日横浜を出帆して同月十一日函館に入港し同月十三日函館を出港して同日青森に入港し翌十四日から修理工事に着手したところ同月十八日までの間(右期間の内十七日は天候不良のため天気待をした)に前記水底電線の故障箇所を発見したがその故障箇所が磯野から〇、九四八海里の地点と脇野沢から七、二二海里の地点の間であつてその間十三、〇四三海里に亘つて水底電線が紛失していることが判明したけれども千代田丸にはこれを修理するに足る資材の積込がなかつたため右の調査のみをなして引揚げたので同省においては更に日本海底電線株式会社の所有船で同省の傭船するところの王星丸に右の修理工事を命じ王星丸は同年五月三十日から同年六月十五日まで十七日間に亘つて前記故障箇所の修理工事をなしこれを完了した事実及び同省においては右千代田丸による調査に要した日数を航海三日淀泊二日、王星丸による復旧工事に要した日数を航海十二日淀泊五日として千代田丸の運航経費が航海の場合一日金十九万三千八百十七円八十三銭、淀泊の場合一日金十五万四十六円十銭、王星丸のそれが前者金十一万三百十六円五十三銭、後者金十万八百十五円二十三銭と算出し前記調査費が金八十八万一千五百四十四円、復旧工事費が金百八十二万七千八百七十三円である旨同省施設局長から同省大臣官房審議室長に宛て報告している事実、又磯野、大森浜間の本件被害の復旧については王星丸が昭和二十六年六月十五日前記復旧工事を完了した後引続き同区間の故障筒所を調査した結果十海里余の距離に亘つて水底電線が紛失していることが判明しその復旧工事を王星丸によつて行うとして少くとも航海十日を要するものとしてその経費金百十万三千百六十四円を見積つて右同様の報告を行つている事実、而して日本海底電線株式会社が(日本には右会社を除いて海底電線の布設、修理等の工事をなし得る業者はない。)その所有する前記王星丸を使用して磯野、脇野沢間、磯野、大森浜間の本件被害箇所の復旧工事を請負うとすればその代金は電線代を除いて両区間いずれも金百七十一万二千円であり被害箇所不明のためこれを調査するとせばその調査費亦いずれも金四十五万五千円と見積るものであることを認定することができる。而して原告が千代田丸及び王星丸の運航経費の内訳として(一)乗組員の給料、(二)乗組員に対する旅費(航海日当、食卓料等)、(三)船の燃料、清水、航海用資材、(四)船の減価償却費(自己所有船の場)、傭船料(他人所有船を傭船する場合)を計上することはいずれも調査費、復旧工事費の内容として是認さるべきものであり又以上の直接費に対し一割一分七厘八毛を乗じた額を間接費として右の経費に加算することも鑑定人船津重太郎の鑑定の結果に照し相当であると考えられる。従つて千代田丸及び王星丸が前記の調査及び復旧工事のために現実に費した日数がさきに認定した如くである以上この点に関する原告の損害額の主張は一応妥当なものの如く考えられるけれどもさきに認定せる如く民間業者が更に少い経費を以て右の調査及び復旧工事を請負うのであるから千代田丸及び王星丸の費した日数が相当のものであるか否かについては更に考察することを要するのであるがこの点に関し原告は本訴において請求する損害額を千代田丸の行つた調査について金四十五万五千円、王星丸の行つた復旧工事について金百七十一万二千円としているから原告の右の損害額は磯野、大森浜間の分を含めこれを肯認するのが相当である。つぎに水底電線の損害額について考察する。成立に争のない甲第二十七号証によれば被告会社が引揚げた電気通信省所管の水底電線は磯野、脇野沢間のものが四心入中間線、同ゴム中間線、同軽中間線がそれぞれ六、七一二海里、二、七八〇海里、三、五五一海里、磯野、大森浜間のものが一心入中間線同深海線がそれぞれ二、六九一海里、七、八一五海里で右の内四心入中間線、同軽中間線、一心入中間線、同深海線がそれぞれ約三、二五〇海里、三、二〇〇海里、二、七〇〇海里、五、八〇〇海里だけ青森地方検察庁から電気通信省に仮還付になつた事実を認定することができる。(引揚げられた一心入中間線が仮還付された同線よりも〇、〇〇九海里少くなつているがこれは証人土谷宇三四、同竹内清(第二回)の各証言によりさきに説明せる引揚未済線の存するためであると思料される)而して成立に争のない甲第二十八号証及び証人小倉晋一の証言によれば、被告会社の引揚げた前記水底電線の平均価格は昭和二十六年一月の時価で四心入中間線、同ゴム中間線、同軽中間線、一心入中間線、同深海線がそれぞれ一海里当り金四十五万円、金四十一万九千円、金四十三万三千円、金三十万、金二十六万七千円であり、昭和二十六年四月のそれはそれぞれ金四十八万円、金四十四万七千円、金四十六万二千円、金三十二万円、金二十八万四千円であることを認めることができる。而して甲第二十六号証によれば前記仮還付を受けたものの内補修を加えることによつて再使用可能のものが四心入中間線、同軽中間線、一心入中聞線、同深海線がそれぞれ〇、四九九海里、一、八五八海里、〇、二二一海里、三、九四一海里あつてその補修のためには金十六万九千八百九円(修理のための直接費が金十五万一千九百十四円、同間接費が金一万七千八百九十五円)を要する見込であり、又再使用不能のものはこれを解体してスクラツプとするときは解体費を控除して金二十四万九千八百八十九円の価格がある見込である事実を認定することができる。而して右各見込の価格は証人小倉晋一の証言に照し取引上相当のものと思料される。然らば本件水底電線の被害は引揚げられた水底電線の昭和二十六年一月当時における価額金八百六十一万六千七百八円から電気通信省において仮還付を受け再使用可能のものの価額金二百十四万七千六百十一円からその補修費金十六万九千八百九円を控除した価額金百九十七万七千八百二円及び仮還付を受けたが再使用不能でスクラツプとしての価値を存するに過ぎないもののスクラツプ価額金二十四万九千八百八十九円を控除した金六百三十八万九千十七円である。従つて原告が本件水底電線の被害として請求する金額金五百九十九万九千四百二十七円はこれを肯認すべきである。

よつて更に進んで被告等の過失相殺の抗弁について考察する。被告等は(一)青森電報局における係官の電気通信省所管の水底電線に関する説明が不正確且つ不十分であること、引揚に当つて青森電気通信管理所の係官が立会を求められたに拘らず立会わないこと同所の係官が被告会社に交付した水底電線の見本についての説明指示が不正確不十分なること、(二)青森財務部が被告会社に本件調査引揚の承認を与えるに際して調査の承認と引揚の承認とを別々に与えるべきに拘らず一括して与えたこと、引揚に立会うべきに拘らず立会わなかつたこと、引揚げられた水底電線を払下げるに際して電気通信省の係官の立会を求め同省所管のものでないかを確めるべきであるに拘らずこれをしなかつたことを以て被害者の過失なりと主張している。即ち被告等の主張するところは被害を受けた水底電線の使用、管理を行う者の過失と、旧軍用水底電線の引揚、払下を担当する者の過失はともに国の公務員の義務違反による過失で本件の被害者は即ち国であるから右両名の過失はともに被害者の過失であるというに在る。しかれども、本件において被害者は国であるけれども、その国というのは本件水底電線の使用管理を行つている電気通信省乃至所属の担当官署、具体的には青森電報局、青森電気通信管理所等によつて代表されるところのものであつて国の行政機関としで国有財産の払下事務、本件においては旧軍用水底電線の調査、引揚を承認し引揚げられたものの払下事務を行うところの大蔵省所属の官署たる青森財務部は本件の被害に関しては国を代表するものではなく従つて青森財務部係官の本件旧軍用水底電線の調査、引揚の承認、その払下の事務に存する過失は被害者の過失となるものでないといわなければならない。このことは本件水底電線の管理の責任を負うところの電気通信省が青森財務部の行う旧軍用水底電線の調査、引揚払下等について指導や指示を行い又はこれを阻止すべき何等の職務権限を持つていないことからも首肯し得るところである。従つて被告等の主張する過失の内青森財務部係官に関するものはその理由なきものといわなければならない。よつて青森電報局、青森電気通信管理所の係宮の過失として被告等の主張する点について考察する。昭和二十六年一月十六日頃被告諸泉が青森電報局において陸奥湾内の電気通信省所管の水底電線について説明を求めたとき正確に且つ十分な説明をすべきであることは正に被告等の主張のとおりである。この点につき被告等は右の説明が不正確且つ不十分である旨主張するけれども証人滝沢正治、同福地清一郎の各証言によれば同電報局の福地係官は陸奥湾内には磯野から野脇沢に至る水底電線と、磯野から大森浜に至る水底電線が布設されている旨を被告諸泉の所持する海図について説明し且つ図書によつてその水底電線の種類構造を説明したことを認めることができる。しかるところ証人新谷信の証言及び被告諸泉正士本人訊問の結果によれば、被告諸泉と青森財務部の新谷信係長は同時に右の説明を聞きながらその記憶するところは著しく相違している(新谷信は磯野、脇野沢間に水底電線の布設されている旨の説明があつたといい、被告諸泉は右の説明がなかつたという)。又右証拠によれば被告諸泉は旧軍用水底電線の構造について何等の知識もないに拘らずもと海軍大尉であつてキヤプタイヤケーブルについてはくわしく知つている旨のふれこみであつたため同電報局の福地係官が水底電線の構造についてあまりくわしく説明しなかつたのに対し自ら進んで詳細な説明を求めることをしなかつた事実もこれを認めることができるのである。ひつきようするに被告諸泉は電気通信省所管の水底電線について十分な調査をなすにつきあまり熱意がなくそのため正確な説明をも不正確に聞きとつたものと認められる。電報局の係官の過失に関する被告等の主張はその理由なきものである。つぎに昭和二十六年二月二十七日の引揚に際し青森電気通信管理所の係官が立会を求められながら立会わなかつたことに関する被告等の主張につき考察する。証人新谷信、同杉山徳治、同石沢英三の各証言及び被告諸泉正士本人訊問の結果によれば、青森電気通信管理所の杉山徳治、石沢英三は昭和二十六年二月二十六日頃青森財務部の新谷信から被告会社の実施する原別沖合、大間間の旧軍用水底電線の引揚に立会を求められたところ右両名はその日は他に仕事があつて立会ができない旨を告げ立会わなかつた事実を認めることができる。(又右証拠によれば被告会社から電気通信省の係官に本件引揚につき立会を求めたことはなく、却つて被告諸泉は被告会社から電気通信省に立会を求むべきものではなく他省との関係は青森財務部において処置すべきものと考えていた事を認めることができる。)しかれども青森電気通信管理所の職員が青森財務部の係長から旧軍用水底電線の引揚を実施する日の前日に右引揚に立会うことを求められ仕事のやりくりがつかないためこれを謝絶したとしてもこれを以て当該職員の職務上の義務違反とは思料し難い。この点に関する被告等の主張は採用し難い。つぎに青森電気通信管理所の職員が被告会社に交付した電気通信省所管の水底電線の見本に関する被告等の主張について考察する。証人杉山徳治、同石沢英三、同新谷信の各証言及び被告村越市郎本人訊問の結果を綜合すれば、昭和二十六年二月二十六日頃青森電気通信管理所の杉山徳治、石沢英三は青森財務部の新谷信に対し同人の求めによつて電気通信省所管水底電線の見本として四心入浅海線を交付したがその際これ以外のものは電気通信省所管のものでないとは説明しないに拘らず新谷信から右見本を受取つた被告村越市郎が勝手にそのように思い込んだ事実を認めることができる。従つて電気通信省の職員が同省所管の水底電線について不正確な説明をしたとの被告等の主張は採用し難く、又右の説明が不十分であつたとの被告等の主張については右新谷信が電気通信省所管の水底電線について説明を求めたに拘らず右杉山石沢が説明をしなかつたのではなく単に見本を欲しいと言われたに過ぎなかつたものであるから被告等の右主張亦採用し難い、見本を交付するに当つて詳細な説明をする義務があると被告等は主張するはれども首肯し難い。これを要するに被告等が電気通信省の係官の過失について主張するところのものは、被告等自身がその義務(さきに説明せる引揚作業実施に先だつてなすべき調査の義務)を十分に履行しないことを棚に上げて電気通信電の係官が被告等の陥つている過失から被告等を救済しなかつたことを非難しているものであつてすべてその理由なきものである。被告等の過失相殺の主張は採用し難い。

つぎに本件引揚の事業は国の事業で被告会社はこれを代行したもので被告会社は国の代理人であるから右事業の執行に際して電気通信省所管の水底電線を引揚げたとすればその責任は本人たる国に在る旨の被告等の主張について考察する。本件の旧軍用水底電線の引揚事業が国の事業であることは原告の争うところであるが仮にそれが国の事業で被告会社は国の事業を代行したものとしたどころで不法行為の代理ということはないのであるから事業を代行したものがその執行に当つて不法に他人の権利を侵害すればそれによる損害賠償の責任は侵害行為者が負うべきこと一点の疑う余地もない。被告等の主張は独自の見解で採用し難い。つぎに昭和二十七年八月一日日本電信電話公社法の施行により原告公社が設立せられ従来国が有していた電気通信設備に関する権利義務は原告公社が同法の施行のときにこれを承認したことは公知の事実である。従つて本件不法行為に基ずく国の損害賠償請求権も原告公社においてこれを承継したものである。

以上説明するところにより本件不法行為に因る損害の賠償として被告等に対し脇野沢線の復旧工事費のうちの調査費金四十五万五千円、同線の水底電線工事費金百七十一万二干円、大森浜線の水底電線工事費金百十万三千百六十四円、電線の損害額金五百九十九万九千四百二十七円、合計金九百二十六万九千五百九十一円及びこれに対する本訴状送達の翌日であることの記緑上明かな昭和二十六年十二月三十一日以降完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払(被告村越、同諸泉に対しては連帯支払)を求める原告の本訴請求はその理由あるを以てこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 工藤健作 中田早苗 野原文吉)

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